おゆブログ

社会人になってから、ADHD・自閉症スペクトラムを診断されたアラサー共働き主婦が、日々感じたことを記しています

WAIS‐Ⅲの結果を精神科医に見せたら「君が発達障害?勘違いじゃない?」って言われて絶望した話する??

目次

 

WAIS‐Ⅲの結果を持って、精神科病院にいってみた

前回WAIS‐Ⅲの検査を受けた記事を投稿しました。自分の動作性IQと言語性IQの差は19。

 

これでやっと発達障害の診断が貰える、やっと今までの苦労に納得がいく。そう思って、以前お世話になった心療内科に、WAIS-Ⅲの結果を持って見せに行きました。

 

先生は、結果をパラパラと見て一言、

 

「これだけだと、発達障害とは言えないんじゃないかな?」

 

え…?

 

思わず固まって言葉が出てこない私に、先生は

 

「ADDの人は、もっと作動記憶が低いんだよね」

 

「診断が欲しいなら、発達障害の専門外来に見てもらったほうがいいんじゃない?」

 

「WAIS-Ⅲは、あくまで参考資料の一つで、これだけで発達障害って決めることはできない。逆に、この結果だけで発達障害じゃないって断定することもできないんだよ」

 

という言葉に、頭が真っ白になったような気がしました。

 

今まで仕事で困っていたこと、大人になってからではなく子どもの頃からこんな風につまづいていたということを話しましたが、結局診断名はつかず終わってしまいました。

 

病院のエレベーターを降りた後、追い立てられるように発達障害の専門外来を探し診療してもらいましたが、そこでも発達障害という診断は貰えませんでした。

 

あくまで、WAISの検査は発達障害の傾向があるという程度の結果だそうでした。

 

その日はすぐに家に帰ることができませんでした。

 

カフェに入って、主人に「診断は貰えなかった」とLINEをした時、涙が溢れて止まりませんでした。

 

健常者の人達の中では、確実に上手くやっていけない。でも、障害者になることすら許されなかったら、これから自分はどう生きていったらいいんだろう。

 

そんな不安に押しつぶされさそうになっていました。

 

自分が障害者ではないことがこんなにもショックだなんて

自分の今までの苦労や生き辛さは、結局「努力不足」?

障害だと思ったら障害じゃなかった。本来なら喜ばしいことです。でも、自分は逆でした。

 

障害のせいだったら、今までの失敗や挫折も「発達障害がある中よくやっていたな」と受け止められる気がしていました。ある意味、診断がもらえることを免罪符にしたかったのかもしれません。

 

でも、こんなに自分に症状が当てはまるのに発達障害じゃなかったら。結局自分の甘えや努力不足だったんだろうか。

 

自分が「発達障害なんじゃないか…?」と自覚し始めた時よりも、どこにも属せない今の状況の方が辛いなんて、WAIS‐Ⅲを受ける前までは分からなかったことでした。

 

発達障害と診断されるかどうかは、お医者さんの裁量が実は大きい

発達障害は、正しく診断出来る精神科医の先生がまだまだ少ないのが現状です。WAIS‐Ⅲの結果や今までの成育歴(親御さんや、小学校の通知表を持ってきてと言われる病院も)を見て、総合的に症状がつくかつかないか判断されます。

 

ということは、かなりお医者さんの任意で決まってくるようなもの。実際心療内科ではセカンドオピニオンは普通にあるらしく、サードオピニオンでやっと診断がついた方もいるそうです。

 

発達障害だけを取り出してみてみたら、健常者と障害者の境目はあいまいで、こうだから白・黒ということはないんじゃないかなぁと思います。グラデーションになっているような症状を、正しく診断するということはとても難しいことなのかもしれません。

 

診断から時間がたって、ようやくサードオピニオンや発達障害グレーゾーンいる人達の集まりに自分も行ってみたい!と考える余裕が出てきました…!絶望がなくなってしまった訳ではありませんが、腐らず生きていきたいと思っています。