おゆブログ

社会人になってから、ADHD・自閉症スペクトラムを診断されたアラサー共働き主婦が、日々感じたことを記しています

滋賀県大津市の園児死亡事故の会見を見た

滋賀県大津市の保育園に通う2歳の子ども二人が、車の事故で亡くなられた事件がありました。元保育士として遅ればせながら会見を見ましたが、泣き崩れながら受け答えをする園長先生のお姿を見て、胸が締め付けられる気持ちになりました。

 

保育園では、0歳児の赤ちゃんから年長さんまで、お散歩をしないクラスはありません。それは、園庭がなくても、立派な園庭があってもです。子ども達はお散歩を通して、園の中だけでは学べない四季の移り変わりを感じたり、交通ルールを学んでいるからです。

 

今まで私が働いていて、お散歩に行っても事故がなかったのは、保育士である大人の私達が十分に気をつけていたことも勿論あったかもしれません。けれど、運が良かった部分もきっとある。2歳だろうが年長だろうが、車が列につっこまれたら、大人だけでは守り切れる保証はありません。

 

お散歩に行って亡くなられた子ども二人も、現場にいた子ども達も保育士の先生も、園長先生もご遺族の方も、この事件では被害者です。なのに、マスコミの「亡くなられた子ども二人は、どのような子でしたか?」という的外れな質問に、何故事件の数時間後答えなければいけなかったのでしょうか。

 

親しい人を亡くした方のお葬式で「生きている時はどんな人でしたか?」とご遺族の方に聞く大人がいたら、きっと閉口されるでしょう。傷ついている人達を引っ張り出して、まだ血が止まっていない傷口に塩を塗り付けるような報道に、誰が「役立つ情報だ」と思えるのでしょうか。

 

togetterのまとめで、このような記事を読みました。

 

マスコミ勤務の人『同世代の記者の多くはもう遺族取材やめたいって言ってるしそれが苦痛で何人も辞めた』→昨今のワイドショー的報道についての意見など色々 - Togetter

 

ワイドショーのように事件を取り上げるマスコミの中には、非人道的な報道に耐えられずに現場を離れる記者の方が少なくないということ。そのような人達にこそ、被害者の方々に寄り添いながら、同じような事件が二度と起こらないように意義のある報道をしてほしい。傷ついている方々が救われるような報道をしてほしい。そう願わずにはいられません。

 

亡くなられた子達のご冥福を、心からお祈りいたします。